肺がん ステージ4



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治療歴

2012年10月2日、喫煙歴ゼロで肺がんステージWの告知を受けました。背骨、腰椎、肩甲骨など数カ所の骨転移と脳転移が1個あり、脳転移はガンマナイフで治療、ファーストラインはイレッサで治療を受けました。しかし約半年で悪化し、2013年7月、脳に多くの転移が見つかり癌性髄膜炎の疑い、アリムタ+シスプラチン+アバスチン&ランマークの治療(セカンドライン)に切り替え、腫瘍が縮小、2014年1月現在、シスプラチンを除いたアリムタ+アバスチンの維持療法2クール目が終了したところです。








補中益気湯という漢方薬を、免疫療法として飲ませました。
多くのがん患者さんに飲んでいただいています。



私の母も肺がんでなくなりましたが全く自覚症状はありませんでした。
腰の痛みで病院に行ったら肺がんの骨転移でした。
その時点で余命1か月から3か月と言われました。
母も元気だったので信じられず病院からどうやって家に帰ったかも覚えてないぐらい胃に塊が出来た感じです。
病院に入院してから見る見る進行していきました。
幻覚・足からの麻痺に激痛です。
母は元気な時から何かあった時は延命はしないで、痛みがないようにと言っていたので最後はモルヒネを使いました。
癌とわかり1か月ほどで亡くなりましたが今思えばギリギリまで癌とわからなかったのは本人も私たちも良かったんだと思います。
自覚症状もなくてよかったと思っています。
お父様が元気で動けるのであれば家族旅行もいいですね。
大事にしてあげてください。






ステージ4の肺がん!医者から1年と言われるが家族で克服!

取材掲載編とは、癌(がん)を克服した方を取材し、取材CDでの配布ではなく、紙面にて紹介させていただいた方達です。一部具体的な紹介を省いたりしている部分などもありますが、ガンで現在闘っている方にはとっても参考になる話ばかりです。何かご質問等がありましたらお気軽にお問い合わせ下さいませ。
                                   

ガンが消えてからご主人に「実は医者から1年と言われていたんだよ」
と打ち明けられたそうです。今回は寺田様にインタビューに答えて頂きました。

6年前に乳がんの手術をし、5年目の去年の夏、ちょうど
1年前に、肺に水が溜まり病院に行きました。それががん性の
もので癌性胸膜水でした。
今回の再発にはまる5年での再発でした。
後で聞いた話なんですけど
かなり右肺の中に広がっていたらしいんです。
治療は肺の水を抜く手術と抗がん剤をしました。

最初は体力が無いから
とにかく水が溜まっていたのもあるんですけど
階段上るのがしんどかったり 
水が溜まる症状が出るまでも、結構しんどがりでしたし   
1年間お店が忙しかったので

それでもう体が疲れきっていたんですね
買い物も、退院して1ヶ月くらいの間は体がなれなくて
体重も増えないし体もだるいし、、、

でも例えば、信号が赤に変わりかけたら、
「走るの嫌や。。」と思うじゃないですか、それが飲み
始めて2.3ヶ月でもう、本当に楽になったなと思う
ようになって、体もすごく元気で、疲れにくくなって、走
ったりできるんですよ。

―――入院中でかなり体力落ちたのですか?

18日間入院治療していると体力も落ちて
退院してからも、2階に上るのもしんどかったです。

治療は、温熱治療っていうんですけど、抗がん剤の
混ざった薬を肺の中に入れて15分経ったらまた捨
てて洗う。。同じ繰り返しを3回するんです。
手術で三つ穴を開けて、カメラを通してしました。

それから、抗がん剤の治療後に横隔膜の処置に、
肺に残っていた管からまた薬を入れるんです。火
傷をおこすんじゃないんですけど肺の中にガーッと
言う感じでまわって「痛いのは利いている証拠や」
って言われたんですけど、きつかったです。
副作用で熱が38度以上出るんです。

それも1回で終わらないんですよ、2回も
1回目は手術してすぐだったから痛みでまだ解らな
かったんですけど2回目は痛かったですね

その後、熱の下がり具合が退院の目安みたいで
個人差があるようで、私の場合意外に熱が出なくて
微熱程度で、夜に熱が上がるはずがあまり上がらな
くて、退院した後も全く出なかったんです。

だから両肺はちゃんと残っています。
肺が両肺あるって言うのは随分違うと思いますよ。
肺を切っていたら本当にしんどかったと思います
切る場合は大きく切るって聞いたのでそういう意味
では体力があったから良かったです。

―――退院した後の治療方針は?

ないですね。予備の熱さましだけ貰ってかえりました。
今はホルモン治療くらいです 
乳がんのときも 術後2年間ホルモン療法はしてい
ました。

後で聞いた話なんですけど
医者は、治せないと言ったんです
受診した時点で、もう治す事はできないと・・・

主人が医者を信用していなくて、いろんな人に話を聞いて
最終的に私も代替療法にしたのです。

あれもこれも出来ないからこれに賭けてみよう。と
いうことになりました。

代替療法をするきっかけは、代替療法を紹介してもらった人の事を
すごく信用していて体のことにも詳しくて、たぶんその友達から教え
てもらった事だったから信用しきって始めれたんだと思います。

その友人は、自分の子供が小さい時から 病気をしても薬を使え
ない子で、だから薬の代わりで身体を変えるというのを、すごく
勉強した人で、そんな簡単に「良い」とは言わない人なんです。
その友人が良いという物ならと信用できたんです。

今も医者には代替療法しているということは言ってい
ません。毎月の注射で病院には行っていて肺は毎回
レントゲン撮っています。
この4月にCT撮ったんですがそれは去年の8月に撮って以来
4月までなぜか撮らなかったんですけど、その時の
CTで「もう大丈夫」って言われたんです。
最初のCTはホントに水が多くて、あまり見えなかった
みたいだけども そのなかでも先生が気になるものが
あったようです。

前にあったのも調べてもらえますか?といって
調べてもらったら、それが消えたという事でした。

―――病院の治療では治らないはずだったんですか?

まやかしみたいに・・・治療って言うのは医者は
何かしないといけないと思っていますからね

私の中では抗癌剤じゃなくても良かったんじゃないか
と思っていますが、術後すぐは何を信じたら良いのか
不安になっていて先生に抗がん剤をと言われた時は、
やらなあかんかな・・と迷いがすごくあったんです。

前回の乳がんの時はすごく泣いたんですけど不思議に
今回は分かった時、涙がでなかったんですよ
それよりも、「今死ぬわけにはいかない!」
と思いが強かったです。
はい、子供は小学生の女の子二人です。

当時、肺に水が溜まった時の検査時がちょうど夏で
旅行に行く計画があったんです。それを医者に言ったら
もちろん止められたんですけど、検査が進むうちに
「いいから、治療前に行っといで」って医者が言うんです。

今考えたらおかしいでしょ・・
肺の水を取る前にですよ。
最初とんでもないって感じだったのに。
でも私、単純だから
「そうなんや。。」と思っただけで(笑)
先生は最後の旅行と思ったのかも・・

主人も今やから言うけどって
1年大切にって医者に言われたそうです。

―――そのことは医者からは言われていなかったのですね

言われてなくてああ良かったと思います。
  
もし言われたら落ち込んでると思いますね

手術前にガンだという状況ははっきり言われましたが
術後細かい事は家族にしか言わなかったみたいです
でも自分の中では末期かも・・とか
私は気が小さいから・・・

私は聞かないほうが良かったです
聞いてなかったら後悔するし、むずかしいと思うんで
すけど。
聞いたら聞いたでショックで
聞かなかったら、なぜ言ってくれなかったのって事に
なる場合もあると思います。

とにかく、退院してからすぐは商売、
子供の運動会など目標がありました。

絶対にマイナス思考は駄目ですね
考えたら駄目って思います

必ず代替療法で治るって、それが本当かどうかわからなくても
まず信じて、前向きに
マイナスになるとマイナスの要因をつくるじゃないですか

―――不安になったときはどうしてたのですか?

ぐじぐじ考えてしまったら主人に聞いてもらってました。
そうしたら、主人は
これでもかというくらい前向きな人で
もちろん私の前では絶対に弱気を見せないし
反対に、もうちょっと・・と思うくらい(笑)
「何言ってんねん。死ぬわけないやろ!」
絶対に大丈夫、治るって

代替療法をするにしても、世の中の人はやっぱり
医者の治療が第一って思ってるじゃないですか
    
その中で自分一人でがんばるっていうのはつらいけど
ひとりでも味方がいたらがんばれると思います。

でも主人も代替療法は半信半疑だったって言ってましたよ。
高いものだし 最初にどかっと買いはしましたけど
本当に効くのかなって、それは半信半疑。
でも、何でも信じないとだめじゃないですか
もしだめだったら、次を考えるって想いがありました。

主人も納得というよりも、これでホントに治るの? 
そう言ってました
だって、世の中に色んなものいっぱいあるじゃないですか

合う、合わないって絶対あるから
代替療法っていうのはその人の体に合う合わないってあると思うっ
て・・そんな感じで最初始めたんです。

それと入院中に思っていたことがあります。

例えば、
私はあんまりないんですけど
同じ入院中の人にお見舞いに来た人が必ず
「がんばってね」って言って帰るんですよ

でもね、そうしたら、皆お見舞いの人が帰った後
「私、今がんばってるやん・・・」って言うんですよ
特に健康な人に言われると腹が立つんです
解ってるけどって。
同じ病気の私がいうのはいいけど
健康な人はわからないんです。
今、精一杯がんばってるのにまだがんばれって
言うの?って

病気になる前は体が本当にしんどかったんです
店を出してすぐだったからがんばろうって思っていて
見かけは元気だったんだけども
お店が終わってから寝るのが朝方になる日も多くて、
少し寝て、子供を送り出すために朝起きてとか
週1度の定休日では疲れも取れなくて。
でもがんばるしかないって思ってました。

病気が判ったのもお店が軌道に乗ってからのことだった
ので良かったんです

病気を機に、私の代わりにアルバイトを入れてもらい
毎日出なくてもいいようになって、そうしたら随分
楽になりましたし、自分でも意識して、無理をした時は
体を休めるように気をつけるようになりました。

そういう意味で、
病気になった事は私にとって、それ以前より
いいように変えてくれる為の病気だったって
そういう風に思えます

ぜったいみんなは信じて代替療法を行ってほしいですね。
不安になるのは当たり前だと思いますけど。

―――今がんばっている方にメッセージがあれば
     お願いします。

だまされたと思って
最初はそう思ってでも代替療法をしてみて。。

それと、大切なのは気持ちの事で
笑ってないとだめみたいです
  
私も入院している間も
こんなに明るい患者はいないって
医者に言われたんです
やっぱり、笑うといいんですよ
笑うと免疫あがるって、あれ本当なんですね

1回目の治療の時も色んな方と知り合ったんですが
退院した後、自殺した方がいたんです。
他にもそういう話は聞きましたが、子育てが終わった
人ほど落ち込みが激しいと聞きました。
病院にいる時は仲間と一緒だからいいんですが
どうしても、一人になると考える事といえば病気の事
を考えてしまうんだと思います。
私は帰った時、家の事、子育て、学校の事など
毎日あわただしくて、落ち込む時間がなくて
かえって良かったんですが、
そうでない方は、とにかく考える時間を作らないように
人と会ったり、何か楽しいこと、趣味や目標を
と伝えたいです。

―――ガンの他にも良くなった所があるとお聞きしたのですが

そうなんです。もう一つ代替療法をして凄い事があった
んです。
私、10年位前に、尿路結石で左の腎臓に大きな石が
見つかってたんですが、これはちょっとやそっとじゃ動
かないよ、腰が痛くなったら病院に来て下さい。
ということでそのままおいていたんですが
代替療法をしだしたら動き出したんです!
それで病院へ行って、波動で割る治療をして半分に割る
事が出来て、2週間後に半分出たんです。
出るまでは、もう・・すっごい痛いですよ
それが動く間、これは経験した人にしかわからない・・・
ゆっくり動いていくのが解りました。
その後、残りの半分が上にあがってしまって、動かなくな
ってしまって もう一度割りましょうと言われたんでですけ
ど 忙しくて、またそのままにしてたんです。
それから半年たってまた、今回はそんなに痛みは無くて
1週間で出ました。
代替療法を行った事によって石がちょっとづつ小さくなって
動いて出たんだと思います

―――寺田様は今、週に2、3日はお店に出て元気に働いて
     いらっしゃるそうです。



肺がんがステージ4まで悪化したら

肺がん

ステージ4癌が全身に転移した場合、治療や回復はたいへん難しくなります。
肺がんが末期状態まで進行したら、もはや本人だけの問題ではありませんので、今後の生活や人生をどうするか、真剣に考えなければなりません。
もし肺がんがステージ4まで悪化したら、どのような心構えが必要なのでしょうか。

末期になったら余命を意識しよう

末期肺がんのがん細胞が大きくなり、さまざまな場所に転移した状態がステージ4です。
ステージ4と診断されても、決して回復の見込みゼロというわけではありません。しかし自分のためにも家族のためにも、残りの人生について考えることは重要です。
余命を意識することの大切さや、治療とQOLどちらを優先するかなどについて検討してみました。

残り時間の過ごし方を考えましょう

さまざまな癌のなかでも、肺がんは特に余命が短いと言われています。
しかしこれはあくまでも全体的な傾向であり、肺がんの人が必ずしも短命というわけではありません。
回復できるかどうかは、肺がんの種類や、どのステージまで進んでいるかによって全く違います。また、患者さんの年齢などによっても大きく左右されます。

早期に肺がんを発見し、治療をしっかり行えば完治は可能です。
しかし末期に至った場合は、残念ながら完治の見込みはかなり低くなります。

つらい現実を受け止めるのは難しいかもしれませんが、ステージ4まで悪化したら、残された時間をどう過ごすかを真剣に考えることが大切です。

辛い治療を続けるかどうかは本人次第

末期がんの治療の中心となるのは、抗がん剤治療です。
抗がん剤にはさまざまな副作用があり、精神的にも肉体的にも負担が大きいので、かえって生きる気力を失ってしまう患者さんが少なくありません。

完治の見込みがなく、患者さんが希望する場合は、抗がん剤の投与をストップすることもあります。辛い治療を続けて無理に余命を伸ばすよりは、QOL(生活の質)の向上に重点をおき、余命をまっとうするほうが有意義、という考え方です。

治療の苦痛に耐えてできるだけ長生きするか、残りの人生を充実させることを優先するか、どちらを良いと感じるかは人それぞれです。しかしどちらを選んでも悔いが残らないよう、自分の意思をしっかりと家族や主治医に伝えることが大切です。

宣告どおりの余命とは限らない!

医師より余命わずかと宣告されたら、誰もが大きなショックを受けるでしょう。
しかし必ずしもその通りになるとは限りません。
末期の肺がんで余命数ヶ月と告げられてから、何年も生きられたという人は数多く存在しており、中には諦めずにさまざまな民間療法を試みて、奇跡的に完治できた人もいます。

精神状態は免疫力や回復力に大きく影響することがわかっています。したがって宣告期間を真に受けすぎると、精神的に落ち込んで寿命を縮めることになりかねません。
たとえ余命わずかと告げられても、決して絶望的にならないでください。

病院や医師の変更という手もある

病院や医師を代えることで、状況ががらりと変わる場合もあります。
今受けている治療で効果がなくても、別の治療を受ければ回復に向かうかもしれません。評判の名医を探してセカンドオピニオンを受けるなど、手段は色々あります。

はじめの病院では絶望的と告げられても、別の病院では治療の余地があるかもしれません。
全身に転移して完治できたケースもありますので、試してみる価値は十分にあります。
末期と診断されたからといって悲観的にならず、あらゆる可能性にかけてみましょう。







病期分類とは? TNM分類って何?

病期分類とTNM分類肺がんの進行度は、ステージや病期分類という言葉で表されます。
ステージ(病期分類)には4段階あり、それぞれステージT(T期)、ステージU(U期)、ステージV(V期)、ステージW(W期)と呼ばれています。

この4ステージの内容を決めているのは、がん細胞の大きさや癌の転移状況です。
そしてこれらの要素の分類には、TNM分類が用いられています。
TNMのTは原発腫瘍の大きさ、Nはリンパ節転移、Mは遠隔転移を表しています。
この3つの組み合わせにより、肺がんのステージが定められているのです。

原発腫瘍の大きさ

原発腫瘍の大きさはT1〜T4まであります。

T1

原発腫瘍が直径3cm以下で、肺組織または臓側胸膜に囲まれているが、葉気管支より中枢に浸潤していないもの

T2

1〜4のいずれかに該当するもの。

  1. 原発腫瘍が直径3cm以上
  2. 主気管支に浸潤が及ぶが、腫瘍の中枢側が気管分岐部より2cm以上離れている
  3. 臓側胸膜への浸潤がある
  4. 肺門部に及ぶ、無気肺または閉塞性肺炎があるが片側肺全体には及ばない

T3

1〜3のいずれかに該当するもの。

  1. 胸壁・横隔膜・縦隔胸膜・壁側心膜のいずれかに浸潤しているもの
  2. 原発腫瘍が気管分岐部から2cm未満に及ぶが、気管分岐部へは浸潤がないもの
  3. 無気肺あるいは閉塞性肺炎が片側肺全体に及ぶもの

T4

1〜3のいずれかに該当するもの。

  1. 原発腫瘍の大きさとは問わず、縦隔・心臓・大血管・気管・食道・椎体・気管分岐部に浸潤が及ぶもの
  2. 悪性胸水や心嚢水を伴う
  3. 原発巣と同じ肺葉内で、近接した転移があるもの
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